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国際山岳医・医学博士 大城和恵さん

「登山がもっと身近なものになれるように」

大城和恵さん

各地の山々では新緑が芽吹きはじめ、雪に閉ざされていた長い冬からの目覚めの季節を迎えようとしています。棚の奥に仕舞い込んでいた登山装備の出番もそろそろと、これから訪れる本格的な登山シーズンに向けて多くの方が楽しい計画を練られていることでしょう。
さて今回は、国際山岳医として多くの登山者に接する傍ら、ご自身も精力的に登山活動を続けている大城和恵先生に、「登山を楽しむための注意点」についてお話を伺いました。

はじめに、山岳医の大城先生と登山とのかかわりについてお聞きしたいと思います。

登山を始めたきっかけは何ですか?

大城 昔から山登りはやっていましたが、学生の頃や大学病院で勉強をしていた時には、まとまった休みがあればという感じで、年に数えるくらいでした。またその頃は、バイクで世界を旅することにハマっていたということもあって、それほど山に目を向けていませんでした。ただ、バイク移動だけだと旅が単調になってしまって飽きてしまうことが多いんです。そんな時に山に目を向けるようになりました。
カナダを旅すればカナディアンロッキーがあったし、オーストラリアではエアーズロックがあって、そんなカッコイイ山を見てしまうとやっぱり登ってみたくなりますよね。
「山登りって楽しいな」って思うようになって、調子に乗って「次はキリマンジャロに行っちゃえ!」みたいな感じでアフリカを旅していました。今の立場で考えたら「無謀だ!」とアドバイスしちゃいそうですね。

Madness Tres Mince. (Ⅲ 5.500m), NW face of Pre de Bar(プレ・ドゥ・バー北西壁)(2014年)
Manaslu(マナスル)(2013年)

国際山岳医になったきっかけは何ですか?

大城 国際山岳医の資格を取得したのは2010年です。資格を取得しようと思ったきっかけは、たまたま山の中で具合が悪くなってしまった登山者を診ていた時に、「自分がもっと勉強しなければならない」と感じたからです。

山に駐在している時に多い患者さんの症例はどんなものがありますか?

大城 脱水による症状が圧倒的に多いですね。

水分補給についてはどのようにアドバイスされていますか?

大城 専門的な話になると水分摂取と浸透率など、係数などを使う方法もいろいろありますが、さまざまな経験から「難しいことばかり言っても伝わりにくい」と感じています。ですので、すぐに実践できることをわかりやすく伝えるようにしています。例えば、「朝起きたら出発までにペットボトル1本分の水を飲んでください」とかですね。

水を飲む以外に実践したほうがいいことはありますか?

大城 人は睡眠中でも汗をかいています。ですので、約6~7時間は水分の補給がない状態だと思ってください。朝は基本的に水分不足から始まっていると言えるでしょう。だから水分補給は登山を始める前に行うことが大切なのです。塩分を摂取しておくと、体に効率よく水分を溜めることができます。朝食をしっかり摂ることや塩分が添加されているスポーツドリンクを起床時に飲んでおくことなども効果的ですね。

登山中の水分補給に理想的なタイミングはありますか?

大城 体質によっても異なりますが、だいたい30分~1時間毎に適度な水分補給を行いましょう。夏シーズンの登山ではもっとこまめに、最低でも30分毎に水を飲むようにしたほうが良いです。水を飲む時に立ち止まることで、上昇した体の温度をクールダウンさせる効果も同時に得られやすくなります。

水の量はどれくらい持つのが良いと思いますか?

大城 私の場合は、2リットル容量の水筒を使用しています。脱水の症状はすぐに現れずに、ゆっくりと後から現れます。登山は朝早くから登り始める場合が多いと思いますが、気温が低く脱水の心配をしにくい午前中からしっかり水分を補給しておかないと、午後に脱水症状が出てしまうことが多いです。水は登る前からしっかり、そしてこまめに補給して休憩を適度にとったほうが、後々楽になります。

脱水症状って自分では気づきにくいですよね。気にかけておくべき事があれば教えてください。

大城 一番わかりやすくてみんなに共通するのは、トイレの回数です。量も気にしておくと良いですね。いつも通りなら問題ありません。標高が上がると出やすくなりますから、出る回数と量に見合うように水分を補給します。
もしも回数が少ないとか、まったくトイレに行ってないなら、全然水が足りていないということです。脱水症状がすでに始まっていますので、すぐに水分を補給してください。水筒を手元に置いてこまめに飲めるようにしておくと良いかと思います。

普段の生活に比べて、なぜ山では水を飲む量が減ってしまうのでしょうか?

大城 一概には言えませんが、行動中に飲み物を取り出したり、飲むために立ち止まったりする動作はおっくうですよね。水筒を取り出すために背負っているバックパックを降ろさないといけませんし、女性の場合にはトイレの問題(トイレに行く回数を減らすために水分補給を調整してしまう)も大きいと思います。人は平均して日に7~8回の尿の排泄があるといわれていますが、登山中も同様です。予めトイレの場所や携帯トイレの必要性などを確認しておくことも必要だと思います。

背負ったまま水が飲めるハイドレーションという道具がありますが、どう思われますか?

大城 ハイドレーションは、好きな時に適度に水分補給ができるので便利ですね。水筒は一度にたくさん飲めますが、バックパックから取り出すのが面倒だったりします。ハイドレーションなら、行動中に「少しだけ口に水を含みたい」と思った時にすぐに飲めますからね。

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脱水症状からの熱中症でよくある症状パターンは何ですか?

大城 暑い時期は、トイレの回数を減らそうとして水分補給を我慢してしまうことで熱中症を引き起こしやすくなります。特に中年の女性によくみられる症状です。男性の場合は、そもそも水を飲むという意識がなかったり、前の晩にお酒が深かったりすることが多いです。登山の場合には朝が早いので、朝起きたら水を飲むということをいつもより意識することで一日が楽になります。
私も水を意識するようになってから登山がとても楽になりました。今は水がすぐに飲める状態でないと不安になってしまうくらいですね。

水分補給はとても大切なのですね。

大城 登山に大切な優先順位があるとしたら、おそらく地図の次くらいに「水」があっても良いと思います。登山の三種の神器で、レインウエア、バックパック、登山靴と言いますが、私はそれ以上に水を飲める環境を作ることがとても重要だと考えています。
登山ツアーの時に驚くのは、「水、ちゃんともってます!」と元気に返事をする人でも、聞くとペットボトル1本しか持っていないことがあるんです。近くの散歩ならいいのですが、登山ではまったく足りないということを意識してほしいと思います。

富士登山シーズンには富士宮口8合目にある富士山衛生センターで期間勤務されていますね。

大城 具合を悪くされて来られる方のほとんどが脱水状態です。ペットボトル1本くらいは飲んでいるとみなさん言いますが、8目まで登るのに500mlだけでは到底足りていません。
例えば、富士山の5合目(2400m)から8合目(3250m)に着くまで天候や体格にもよりますが、成人では1.5リットル程は飲みたいです。足りない場合は、小屋で販売している水で補うと良いです。標高が高くなると酸素濃度が低下しますので、呼吸の数が増え、息を吐くたびに水分が出て行ってしまうのです。脱水状態を未然に防ぐことは、熱中症にも高山病にも効果的な予防方法だといえます。

水って本当に大切なんですね。こまめな水分補給が登山中のさまざまなリスク予防になることがよくわかりました。
次は、どうしても暑くなってしまう登りで、体温をうまくコントロールする方法についてお聞きします。

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熱中症のメカニズムについて教えてください。体の中はどうなっているのでしょうか?

大城 人体の内部の温度は平均して37~37.5度に調節するようにできています。体温がこの範囲から外れていくと、ますます体温の調節ができなくなります。38度を超えだし、フラフラするなと感じる頃には、熱中症が中等度まで進んでいます。悪化すると全く体温調節ができなくなり、脳の温度が40℃前後になる熱射病では、生命に危険が及びます。人の体温の正常な調節幅は、とても狭いんです。
体温を上げないように、体はより効率的に熱を逃がすために皮膚に近い血管を広げて放熱しようと働きます。さらに、汗をかくことで体温を下げるので、汗から多量の水分が失われます。このため内臓を循環する血液が少なくなってしまい、脳や胃腸の働きが低下して、フラフラしたり、気持ち悪くなったり、消化不良などを起こします。登山に備えて朝食をしっかり摂ったのに、水分不足で熱中症が生じてしまい消化ができない、そんな悪循環を経験した人も多いんじゃないでしょうか?

ドイターブランドのバックパックで背面の通気性を高めるフューチュラというモデルがあります。試されたことはありますか?

大城 まだ試したことはありませんが、背面がメッシュなので効率的に放熱できるということですね? 背中は汗をかきやすい部位ですから風が抜けるのは気持ちよさそうですね。効果としては、汗をかきにくくなるという作用も期待したいですね。

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ドイターがドイツの研究所で行ったフィールドテストでは、最大25%発汗抑制効果が実証されています。よく「汗をかきすぎると疲れる」ということを聞きますが、医学的にはどうでしょうか?

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大城 それはあると思います。汗をかくと水分以外にエネルギーを消費するということは科学的に報告されています。汗をかきにくくした構造のバックパックなら、疲労軽減に効果があると思います。

体温調節力の年齢による違いはありますか?

大城 年齢を重ねると自然治癒力や体温調節力は衰えます。また、年齢の高い人は、体内の水分量が少なくなっていますので、脱水への予備能力が低いです。ただ、登山では歩くスピードを抑えたり、荷物の重量を減らしたりすることでカバーできます。逆に若い人でも荷物が多くて早く歩くことが考えられます。どんな年齢であれ、水分とエネルギーの効果的な摂取は大事ということになりますね。

生涯スポーツといわれる登山で、遭難件数の3/4以上が40代以上ということにとても驚きました。

大城 私も若い時なんて何も考えずに体力任せで登っていました。水分や装備のことを真剣に考えるようになったのはここ5~6年くらいですね。勉強すればするほど怖くなりますし、もう辛い思いはしたくないなって。
水も昔よりたくさん飲むようになりましたね。遭難者が多い40代以上という域に自分自身が入ったこともきっかけですが、生物学的にリスクのある年齢になったということを意識するようになったのです。

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たくさんのお話ありがとうございました。
最後に、大城先生の今後の活動について教えてください。

大城 もちろん遭難者数を減らすための貢献を続けていきます。そのためにも学問や数値だけを伝えるのではなく、私自身の経験をもとにわかりやすく説得力のある形にする努力をすることで、より人を助けられるようにしたいです。いくら知識があっても経験が伴わないとわからないことがたくさんありますから。
それと、登山のための健康診断やアドバイスを行っている登山外来の受け入れ人数をもっと増やす努力をしたいです。私が勤務する北海道大野記念病院までわざわざお越しいただく方も多いのですが、もっと身近な環境づくりが必要だと考えています。東京での環境づくりも進めていますので、登山がもっと安全で身近なものになれるように登山外来の活動を続けていきます。

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プロフィール

大城和恵(おおしろ・かずえ)
長野県生まれ。日本大学医学部卒業。医学博士。日本人初のUIAA/ICAR/ISMM認定山岳医。北海道警察、富山県警察など全国警察山岳遭難救助や長野県などの自治体山岳遭難救助のアドバイザー医師として活動。2010年にウェブサイトを開設し、低体温症国際ガイドラインを公開。キリマンジャロ、マッターホルン、デナリ、マナスル、エベレストなど世界の山に登頂。代表を務める山岳医療救助機構がICAR(国際山岳救助協議会)に正式加盟し、国内外で発信を行う。三浦雄一郎氏のチームドクターとしても活躍中。

https://kazue-oshiro.com/

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